
誘拐児童捜索の会結成
投稿日時 2008-5-3 10:57:07 | トピック: コミュニティー
| 昨日、深センで子供が誘拐された16名の親が一同に会し、子供捜索案について話し合ったと南方都市報が伝えている。16人の誘拐された子供と、絶望の淵に陥ることとなった16家庭。共通の経験と同じ目標を持ち、今日も四方八方走り回る彼らが、子供捜索の会を結成した。 16人の子供が誘拐された当時の平均年齢は4,5歳、90%は男の子だ。誘拐発覚後、親は皆警察に通報している。 4月30日午前中、親達は深セン各地から集まり、再び市の陳情部門を訪問、子供に関する資料を各自提出した。誘拐された16名の子供達は皆ほぼ似たような不幸な経験、崩壊し そうな家庭が背景である。
書類の受理を待つ間、親達は子供の資料を持って陳情部門のある建物の門の前に座り、子供探しの苦難を語りあっていた。一つ一つの誘拐案を見ると、誘拐された子供達の家庭が地方から来て市内の廉価なアパートを借りて住む収入の低い家庭であることがわかる。彼らの居住地は雑多な人々が密集し、人の入れ替わりも激しいため、周囲の治安は決して良いとはいえない。
昨日、深セン市公安局の責任者が現場に赴いた。情報によると、警察はすでに専門の捜査チームを組織。市のトップもこの問題を大変重視し速やかな解決に向けて指示を出している。警察は「捜査の手がかりが見つかり次第、すぐに児童の保護者達に連絡する」としている。
・黄さんの子供は失踪時6歳、2005年宝安で連れ去られる。 黄さんの子供(女の子)は宝安区固戊村で連れ去られている。05年10月3日正午12時頃、父親はその地域の南昌第2新村で自ら営む雑貨店におり、母親は昼食が出来たので、家で寝ていた娘を置いて、近所で遊んでいた二人の息子を呼びに出た。その間たったの10分間。家に帰ると寝ていたはずの娘がベットにおらず、しかもベットの上、枕、床の上にも血の跡がみられた。夫婦は、犯人は娘を殴り、意識をなくしている隙に連れ去ったのではないかと見ている。
黄夫妻は、まだ中年にさしかかった程度の年齢であるが、頭にはすでに白髪がかなり目立っていた。夫妻は河原龍川から3,4年前に固戊村に来て、賃貸物件を借りて雑貨店を営み始めた。その子は誘拐された当時6歳小学1年生だった。「娘が居なくなってから、よく眠れた事がないんです。毎日夜が明ける前に起きて、この村の周りを一周しています」と父親の黄さんは語ってくれた。
・楊さんの息子失踪時2歳半、羅湖で誘拐される。 2歳半の子供は、楊さんのいる側で連れ去られている。楊さんは茂名電白から深センへ出てきたタクシー運転手で羅湖区蓮塘村に住んでいる。2004年12月20日、仕事が休みだった楊さんは息子を連れて散歩に出て将棋を始めたが、まだ1局指し終わらないうちに、側にいたはずの息子は姿を消していた。
・孫卓、男、失踪時3歳半。2007年に南山区で誘拐される。 「本当に私がちょっと気を緩めたせいで・・・」孫さんの息子は当時3歳半、2007年両親が寝ている隙に一人で遊びに出たところ、家の門の側で男に玩具を使って騙され連れて行かれた、と父親の孫さんは自分を責めながら話してくれた。息子が居なくなってから、孫さんは深セン中を探し回った。息子を探すために、自分で経営する点心の店に巨大な広告を載せ、家産を売ってかき集めた20万元を息子探しの懸賞金としている。
・程明、男、失踪時1歳半、2006年宝安で誘拐される。 程明、男、2006年11月24日正午12時頃、宝安区西郷街道固戊紅湾三区2巷で連れ去られている。当時まだ1歳半だった。程さんが話すところによると、事件があった後、隣に住んでいた河南省出身の夫婦が姿を消した。彼らによって子供が連れ去られた疑いが高いが、河南の住所までは分からないし探し出すのは難しいとのこと。子供の父程さんは「私はこの一生をかけて、どんなに大きな困難にあったとしても、必ず息子を探し出すと誓っているんです」と語る一方、もし一生子供が見つからなかったらこの不安な気持ちは終生続くでしょう、と不安な心情も漏らしてた。
(シンセンスクエア)
|
|