
78才有害ステッカーとガチンコ勝負
投稿日時 2007-3-7 20:47:20 | トピック: コミュニティー
| 今年78歳になるヤンさんという老人が3年以上もの間、深センの路地に貼られた有害ステッカー広告を剥がし続けていると6日付けの深セン日報が伝えている。 塩田ボランティア協会と退役軍人会のメンバーであるヤン老人は、2004年に自分の子供たちと同居するために深センに来てから、既に20万枚以上のステッカーを剥がしてきた。
緑の軍用バッグと水筒を手に歩く、ヤン老人の姿は、沙頭地区の住民にはお馴染みの風景である。彼は毎日、電話ボックスやドア、そして街灯からステッカーを剥がしながら数時間かけて歩く。
ボランティアの日に行われた式典の後、深セン日報の取材に対し「かつて1日で1万枚以上のステッカーを剥がしたこともあるよ。」とヤン老人は笑う。嬉しいことに最近は、ステッカーの数は減り続けているという。
ロシア語と英語に堪能なヤン老人は、かつて、外国に住む友人が有害ステッカーに対して愚痴をこぼしたのを聞いてからこのボランティアを始めたと言う。「見苦しいステッカーが無くなれば、深センは美しい街になるのに・・・と友人が話すのを聞いてから、ステッカーを剥がすことが私の“生きがい”となったのだよ。」と、ヤン老人は語る。
広告主は時々、口頭でヤン老人を罵ったり脅迫したりするが、彼は決してくじけない。「私は、彼ら(広告主)に尋ねるんだ。あなたが自分の顔をきれいにしておきたいと思うならば、なぜ、あなたは街の顔を傷つけるんだい?とね。」
ヤン老人は、妻と3人の子供たち全員が自分を支えているのだと語る。近所の人たちでさえステッカーを剥がす手伝いをしてくれるのだという。
定年後もヤン老人は忙しい毎日を送る。ステッカーを剥がすこと以外にも、新聞を読んでだり、詩を書いたり、英語を学んだりすることも彼の日課には含まれている。「のんびりと生きていたら、病気になってしまうよ。」
1979年に定年退職する以前はヤン老人はPLA(人民解放軍)の南シナ軍のレーダー技術者として働き、その後、汕頭市で州営の会社で働いた。
ヤン老人は大学でロシア語を学び海軍で英語を学んだ。この語学力のおかげでヤン老人は、去年の10月に深センで行われた「国際凧フェスティバル」のスタッフに選出された。
(シンセンスクエア)
|
|