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ビジネス in 深セン > 製造業 > 広州から世界のピアノを目指す
広州から世界のピアノを目指す
投稿者: Webmaster 掲載日: 2006-10-31 (1240 回閲覧)
珠江ピアノは有名な海外ピアノブランドとの競争に打ち勝つために50年もの間試行錯誤を続けてきた数少ない中国ピアノメーカーです。そして今もなお更なる飛躍を夢見て挑戦を続けています。

同社は南中国で最大ピアノメーカーとして知られていますが、海外での認知度はまだまだと言わざるをえません。ヨーロッパやアメリカなどの高品質を求める消費者達を納得させるような製品を作りたい、質の高い楽器を中国から生み出し世界中で使って欲しい。この会社はそんな心意気を感じさせます。

中国製の製品は市場にいくらでもありますが、細かな部品から何から何まで全て中国で生産したものを使用した製品というものは本当に少ないものです。

セメント工場や自動車生産工場などが立ち並ぶ巨大な広州市周辺の工業区域の一角で珠江ピアノは生産されていますが、その存在は地元の人々にとっては知らない人などないほど認知されており地元のチャンピオンとして親しまれています。

広州市の海外貿易業務の高官であるXiao Zhenyu氏は広州にある企業でグローバルに発展するトップ企業として同社の名前がそのリストに挙げられていることを明らかにしています。また、同氏はいつか珠江ピアノがニューヨークのタイムズスクエアでライトアップされ多くの人々の目に映る日が来るという夢を熱く語ってくれました。

しかしながら、政府として具体的なサポートを行うのではなくやはり企業が中心となって努力する必要があるとXiao Zhenyu氏は語っています。同氏は、政府が経済活動にあまり干渉しない自由放任主義の政策によって近年の中国発展は実現してきたことを指摘した上で、珠江ピアノや他の企業は独自ブランドを自ら国際舞台に送り込んで認知度を高めていく努力をしていく必要があると話しています。

各企業は海外消費者の品質レベルを十分満たすような高品質な製品の生産を実現できるようにしていかなければなりません。しかし、モーツアルトやベートーベンが人々にとってまだ記憶に新しい頃からウィーンでピアノを生産してきたベーゼンドルファー(Boesendorfer)が市場を占めている地域では少なくとも無理な相談かもしれません。
  • 日本ベーゼンドルファー公式サイト


  • 珠江ピアノは1956年から生産が開始されてから鍵盤のタッチを向上させる技術に磨きをかけ、現在では年間12万台もの生産量を誇るまでになりましたが、海外ブランドと比べるとまだまだ技術が遅れていると言わざるをえません。

    しかしながら深セン芸術学校の教授Dan Zhaoyi氏によれば、これまでの珠江ピアノの品質への追求は少しずつ実を結びつつあると話しています。Dan教授はピアニストとして40年以上もプロの経験があり現在深セン芸術学校でピアノを教えていますが、同氏によれば、珠江ピアノの品質は価格によって左右され、最高級のものなら海外市場でも十分通用するレベルに達しているそうです。

    珠江ピアノは去年の3月にアメリカを拠点に世界クラスの高級ピアノを生産しているSteinway & Sons社と提携を結び、同社が設計した生産ラインでピアノの生産をおこなうことに同意しています。技術を学びたい珠江ピアノと中国市場に進出したいSteinway & Sonsとの相互利益がマッチングしたまさに画期的な提携だったと言えるでしょう。

    事実、精通したマーケティング戦略によりアメリカでの珠江ピアノの去年の販売台数は9000台に届く勢いで、1999年のアメリカ市場進出時の実に5倍もの販売量を記録しました。現在では、輸出されている珠江ピアノの60パーセントがアメリカ市場向けとして生産されています。
  • Pearl River USA公式サイト


  • 珠江ピアノが今後どのような展開を見せるのか・・・それは誰にも分かりません。しかしながら市場オブザーバー達の意見には、品質重視だけでは不十分で消費者意識も同様に重要であることを強調する意見も少なくありません。

    中国企業が独自ブランドを海外で展開していくためには、海外の消費者心理を十分に分析する必要があると上海復旦大学のマーケティング専門家であるJing Qingyun氏が話しています。

    例えば、世界的に有名なピアニストを広告塔として起用し、珠江ピアノというブランドを海外消費者に認めさせるような手法も必要だろうと同氏は語っています。

    いづれにせよ、無から何かを生み出すには並みならぬ努力が伴います。今では世界的ブランドとして成長したヤマハピアノの創業者、山葉寅楠(やまは とらくす)氏は、今からさかのぼること120年前に日本でピアノを普及させることを夢見た数少ない一人です。

    当時明治政府が西洋文明を積極的に取り入れようと努めていた時期に西洋音楽も日本へ輸入され、「ドレミファソラシド」に対応するアメリカ製の足踏みオルガンと山葉氏との出会いがヤマハの始まりでした。アメリカから輸入したオルガンは当時45円(今では50万円ほど)。それを普及させようとしても、高い値段なので誰もが買うのをしぶっていた中、浜松尋常小学校がこれを買ってくれたことを機に同氏のピアノ人生が始まりました。

    そしてこれまた偶然なことに、このオルガンが故障をしていたので、当時浜松の病院で医療器械の修理をしていた山葉氏に修理を依頼し、この時同氏は初めてオルガンを解体して一から図面を起こしたと伝えられています。

    その後山葉氏はアメリカに渡って学び、1900年に国内初のアップライトピアノを、1902年にはグランドピアノの製造に成功。一般の人にも入手しやすい手ごろな価格設定をし、日本全体のピアノ普及に努めていったそうです。その後は皆さんもご存知の通り、世界的にも有名なブランドへと成長し続けてきました。

    一台の故障したオルガンの解体からスタートしたヤマハが120年後にこれほどまでに成長したと一体誰が想像できたでしょうか?職人の熱い想いが強く脈打ち続ける以上、不可能を可能にするミラクルがいつか起きることを先代が証明してくれています。それは夢を追い続ける人々にだけに認められた最高のご褒美に違いありません。珠江ピアノの職人たちもそんな時代を思い描きながら日夜努力を続けていると思うと、将来壮大なロマンを垣間見れるのではないかと期待するばかりです。


    (シンセンスクエア)
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